ペットボトル茶のCMと京都の文化!

こういうCMに「老舗」が協力すると、いずれ京都は衰退する

(堀 孝弘のごみにまつわるエコ話 6月18日)
http://hori-takahiro.sakura.ne.jp/?p=972


ペットボトル茶『綾鷹』のCMに京都を代表する老舗の料理人や女将が出ている。
日本茶は素晴らしいとの意図なんだろうが、
京都の料亭ではペットボトル茶をお客様に提供するのだろうか?
そもそも茶とは何か。「茶をいれる」「のむ」「茶器をつくる」「めでる」ことに精神性や文化を見出すもの。
単に「のどを潤す」ことだけを求めたのではないの筆者は語っている。
この記事は、「日本の文化とは何か?」「何をして、何をしてはならないのか」が問いかけられている。


【全文紹介】
CMのねらいとは違う声が聞こえた。
和食のユネスコ世界遺産登録、京都への観光客も過去最多、今京都は上り調子だ。
文化の深さや、まったりした景色、ゆっくりした時間など、「京都」は多くの人の憧憬の対象となっている。
なのに、京都を代表する老舗の料理人や女将が、「急須でいれた茶とペットボトル茶の味が変わらない」ってどういうこと!
「ペットボトル茶もそこまで高品質になったのか」と思わすことが、CMのねらいだろう。
しかし、このCMを見て、「京都の老舗といっても、たいしたことないな」と思った人の方が多くなかっただろうか。
私のまわりからもそのような声が聞こえた。


何を大切にするか
おいしい茶を作るための茶農家さんの苦労を大切にするか、数百年にわたって育まれた京都の文化を大切にするか、ペットボトル茶のイメージアップが大事か、この三択で考えたら、三番目の答えになるはずがない。
料理の分野とは違うが、私も京友禅(型友禅)の図案職人の子。わが家の2階の工房は、決してカッコいいアトリエではなかった。そこで父が泥臭く「仕事」をしてきたのを間近で見てきた。しかし、こういった職人が、数百年の文化を支えてきた。さらに言えば、父の出身地は宇治茶の大産地京都府和束町。親戚には茶農家も多くいる。山の斜面の上まで茶畑にしていて、そこでの作業は半端なものではない。
ペットボトル茶の、しかも特定ブランドのために茶農家の苦労や、京都の文化が軽んじられることがあるなら、それは本当に悲しいことだ。

そもそもお茶とは何か
もうひとつ言いたいのは、そもそも茶とは何か。京都に限らず日本人は、抹茶も含めて「茶をいれる」「のむ」「茶器をつくる」「めでる」ことに精神性や文化を見出してきた。単に「のどを潤す」ことだけを求めてきたのではない。
環境漫画家ハイムーン氏の以下の絵には、私の言いたいことが凝縮して表現されている。


結局、京都にとってプラスか、マイナスか
飲料メーカーにあれこれ言いたいのではない。当該ペットボトル茶の開発と試飲に協力された老舗さんに申し上げたい。
もし本当に「味は変わらないと感じた」としても、この種のCMへの協力が、京都全体のプラスになるか、マイナスになるか、そこのところをご熟考いただきたかった。(自身の店にとっては、イメージダウンにしかならないだろう)
そして別の観点から申せば、増え続けるペットボトルごみの大半は、自治体が税金をかけて処理している。
京都市では資源ごみの排出も有料指定袋が必要だが、指定袋の収益は、処理費全体のごく一部。このあたりの話は別の機会に。


(写真は記事の本文からご覧ください)