『カップ酒』のお話し

岸和田の酒屋『株式会社 元朝』の寺田篤史さんから
日本酒の話をお聞きしましたのNo2は『カップ酒』のお話しです。
 
・ ワンカップ大関は、西宮市の大関株式会社が昭和39年に一合瓶(180ml)入り日本酒をカップ酒として初めて発売した。
・ 「ワンカップ」「ワンカップ大関」は同社の登録商標。他社は「カップ酒」と呼ぶ。
・ 当時、酒は1升瓶で売るものと言う固定観念があったが、“移動しながらでも飲める”“少量で飲むこともある”として販売を決意し、カップに銘柄を書いて販売した。
・ 「ワンカップ」のネーミングは、”One Cup Café”から発想された。最初はジャムの瓶を使用したが、飲み口の口当たりを良くするためカップの形状になった。
・ カップに“One Cup”と青地に白抜きの文字を直接印刷していたが、当時の一升瓶のように回収できず、ラベルの印刷に切り替えた。その際、裏に名所なども印刷し、それが評判になった。現在の「ワンカップ大関」は4代目。
・ 当初、「ワンカップ大関」はあまり売れなかった。徐々に売り上げが伸び、鉄道弘済会と取引ができた時に爆発的(2倍)に売れた。
・ 大関に追随して。に「忠勇」がカップ酒を発売した。その際、カップの蓋の下に塩昆布をつけ、これも販売を急速に伸ばした。
・ 「大関」も「忠勇」も灘の酒だった。灘から江戸に菱垣回船で酒を送ったが“灘の酒は美味くない”と言われた。輸送方法を改良して樽廻船で灘の酒を送るようになり、“灘の酒は美味い”と言われるようになった。
・ 当時の酒はアルコール13度程度で、現在のように良質の酒ではなかった。