『舞鶴』 定置網漁など着地型観光体験ツアーの旅

 

『舞鶴』 定置網漁など着地型観光体験ツアーの旅

日時:2019年9月7日 〜 9月8日
内容:舞鶴観光と、野原地区の定置網漁体験

このツアーは、長年、舞鶴観光協会の事業部長を務められた釼菱さんが温められていた定置網漁など着地型体験を、実際に体験するため企画に至りました。
「定置網漁」、テレビなどで拝見したことはありますが、果たしてどのようなものなのか? 天気は? 波は? 皆さんが満足するだろうか? など不安がなかったわけではありませんでしたが、地元にいる人がお勧めするものに間違いがないとの思いで実行させてもらいました。

7日、舞鶴市水産課の原田さんから丁寧なレクチャーを受け、その後、京都府漁協大浦支所の倉内支所長からも、現場の苦労話や定置網漁の模型で解説を受けました。このレクチャーがなければ、定置網漁を十分に理解できることはなかったでしょうし、海水温上昇による問題にも触れることはありませんでした。

・海水温の上昇が進み、対馬海流が北上し、冬場になってもブリが降りてくることがなく、逆にサワラが採れるようになった。
・漁獲高は年により変動はあるが、H19年の4443tからH29年の2599tへと減少している。
・台風が大型化し、台風により海面が吸い上げられるように水位が上昇し、通過すると水位が下がり、潮流に大きな変化が起こる。その潮流のため定置網が大きな損害を受けることがある。時には直径5cmもあるワイヤーロープが切れてしまうそうだ。
・被害は、定置網全体が損傷した場合数億円かかる。そのため台風が近づくと網を上げる作業をするが、台風の進路と勢力で網をあげるかを判断することとなる。
・定置網は水深65m×数百mと、体育館ほどの大きさになり、定置網漁は、休漁の土曜日以外は毎日、日の出ごろに網を引き上げに行く。
・野原地区では養殖は、牡蠣など貝類以外は基本的に行っていない。
・地域にIターンしてもらうため、小学校でお魚授業を行い、魚を3枚におろして、干物を作る体験なども行っている。
・後継者は、基本的に素性の知れた地元の若者を採用してきた。最近は後継者不足となり、新しく漁業者になる方を育成するため「海の民学舎」も行っている。

定置網の模型を見ながら、どのように作業するかをお聞き、レクチャーを終えた。
しかし、漁獲高が年々減少するなかで、収入を考えると、後継者を確保することが難しくなっている実態をお聞きすると、胸に迫るものがあった。
18時、外に出るとキレイな夕日を見ることができた。刻々と変わる夕日のグランデーションに全員が感動に包まれた。

民宿「柴田館」に戻ると夕食が並べられていた。10種類ほどのオカズで、食べられないのではないか…と思っていると、8種類のお造りが大皿に盛られて出てきた。美味しいのは勿論だったが、さすがにお造りは平らげられず、翌朝の味噌汁の具になっていった。
3時半には起床する必要があるため、21時には就寝と宣言したが、結局最終組は0時過ぎまでお酒を酌み交わし、歓談したようだ。
ツアーの本当の目的は、いろいろな団体から参加している人間の交流にあるので、やむを得ない…  

4時半、ライフジャケットを身につけて漁港に集合。真っ暗ななかで星空がこんなにキレイだったのだと感動しながら出漁を待った。
ベタ凪の海を20分も走ると朝陽が昇った。朝陽の色にもまたまた感動し、漁場についた。定置網の大きさはブイで目にすることができるが、想像より大きく感じた。

手前の網から奥の網に魚を追い込むため、手前の網の巻揚が始まった。今はローラーで巻き上げるが、昔は手で引き上げていただろうと思うと、想像を絶する作業だ。それでも船の前方から後尾まで一斉に網が巻き上げられる、その手際の良さを拝見するだけで感動があった。そして、徐々に奥の網に手が掛かっていく。その頃になるとカモメがけたたましく泣き、飛び交う。そして小魚を加えて飛び去るのを見かける。
そうするうちに、魚影が肉眼でも見えるようになり、魚が右往左往、超スピードで走り回る様を目にする。いよいよ網が狭められると、船の重機の網とタモで魚が掬い上げられる。魚が宙を飛び、私たちの体にも当たる。掬い上げられた魚は神経絞めなどを施し、氷の入ったパレットに収められる。
この間30分か40分。出漁から漁港に戻るまで約90分。大きな感動を感じた。女性の参加者は「エキサイティング」と表現し、これまでに体験したことがない体験と喜びを表してくれた。

港に戻って、魚が水揚げされる様も見学した。大きさや、魚の種別で選別される。やはりサワラが多いようだ。大物はシイラが数匹入っていたが、高級な魚ではないようだ。バズーカで吸い上げられるイワシなどの小魚、ここでの体験だけでも目にすることがない。素晴らしい体験だと感じた。

この定置網漁は観光として本格化できていないという。
私たちは昨年、和歌山県田辺市で、わさびの発祥の地域や、ぶどう山椒の里にお邪魔した。生産者の説明を受けたが、生産者の方は、これが観光として取り上げられるとの感覚はお持ちでないようだ。私たちは、これこそが物見遊山ではない“本物に触れる旅”であり、着地型観光の真髄だと感じた。
今回の定置網漁体験も“本物に触れる旅”に違いないと思う。ここに少し参加できる要素を加えるとさらに素晴らしい。例えば魚を3枚におろし、握り寿司で食する…。
ここまでうまく組み立てるのは難しいだろうし、漁を見る感動も薄れるかも知れないとも思うが、ブラシアップを図ってほしい。
7時に民宿「柴田館」に戻って朝食。昨日の造りの身や魚のアラが入った味噌汁は絶品だった。早朝に起き漁に同行するなどの時間を要したからか、日頃食べないほどの量の朝食をいただいた。

9時半に民宿を出発し、「舞鶴引揚記念館」を訪問した。ここでは悲惨なシベリア抑留の話や展示に震えるような思いを感じた。抑留体験された方の日記、紙も鉛筆もないなかで、白樺の幹の薄皮を剥ぎ、空き缶を溶かしたペンで書かれた「白樺日誌」の文章に感動した。原寸大の収容所の展示は、リアルで精巧に作られていた。
ここも釼菱さんのアテンドで、本合副館長さんから心を込めた解説をしていただくことができた。
その後、引揚桟橋に行き「語り部の鐘」をならした。1打目は慰霊を込めて、2打目は引揚げの苦難を思い、3打目は不戦の誓いを込めてと書かれているのを見ながら合掌した。

次は観光振興課の松岡さんから「舞鶴市の観光の現状と戦略」についてお聞きした。舞鶴は古くからの城下町があり、軍港遺跡の赤煉瓦があり、海上自衛隊の基地があり、引揚記念館などのユネスコ世界記憶遺産があり、古民家を再生した松栄館があり、豊富な海産物がありと、コンテンツとして困ることがないように思うが、ポイントを絞った新しい開発がいるのではないかと感じる面もあった。
明治37年開業の旅館「松栄館」は趣があった。能舞台も設けられている大広間で「海軍カレー」を昼食によばれた。

その後、赤煉瓦パークへ行き、次は「海軍ゆかりの港めぐり」で遊覧船に乗船した。この日のガイドは現役の自衛官だったので、より詳しい話が聞けた。
それにしても300mほどある艦船の横を走る迫力は、地上で見るのとは違った楽しみがある。コンピューターで武装されたイージス艦は千数百億円するそうだ。

その後、舞鶴のベニスと言われる漁師町「吉原地区」を散策。運河に面した側に船を持ち、反対側に地上の機能を持つ建築様式。小型漁船が運河に並ぶ様がインスタ映えするようだ。16時、この時間になると参加者の疲れが見え始めてきた。
「とれとれ市場」に急行して、オススメのかまぼこを購入し、帰路についた。

7日は、新大阪を9時30分に出発し、12時過ぎに到着。昼食を「海望館」で昼食。
五老ケ岳展望台から舞鶴湾を一望し、野原に向かった。8日は定置網漁や多くの体験をし、新大阪に到着は19時になった。
1泊2日だが、盛りだくさんの感動に溢れるツアーになった。一番の満足は、全員が「定置網漁」の体験だったと言っている。ブラシアップして、良いコンテンツに育ててほしいものです。
釼菱さん、大変お世話になりました。心からお礼を申し上げます。